初演は 2001年3月でした。
「永井 愛」さんの本です。おもしろいのなんの (笑)
大入満員でした。
人事総務部長として「リストラ」の課題に取り組む息子。おまけに妻から離婚を突き付けられる。そんな中、辿り着いた先が東京下町の実家だった。
代々引き継がれた「足袋屋」にひとり残った母は、ボランティアやカルチャースクールに通ってハツラツと暮らしていた。その上になんと「恋人」らしき男性の姿もちらついていた。
息子が帰った実家にいたのは、片言の日本語を話す「中国人」の女性(この女の子がすごくうまくて、中国人にしか見えない)で、お互いの素性を知らない2人はびっくり!
というところから芝居は始まります。
私の存じ上げない俳優さんもご出演でした。みなさん、本当にうまくて。
存じ上げない分、もう私には本物に見えてしまって仕方ない(笑)
その役、いや当人そのものに見えてしまいます、先入観ナシですからね。
中国人の女の子は、母が留学生として受け入れていたというイキサツ。
参加している地域のボランティア活動、その仲間も足繫く実家に出入りしていて、にぎやかなこと。居間で仲間たちと和気あいあいと過ごす母のイキイキとした様子を見た息子は目を見張ります。
母親役は「加藤治子」さんでした。
ステキでした。柔らかでキラキラしていて。
加藤さんの楽屋入りは早かったようで、ほぼ毎日一番だったようでした。
開演前、照明さんや音響さんなどが調整作業を進める中、加藤さんは舞台にいらしてお稽古。
私たち案内係も加藤さんのお姿を、開演前の舞台上で時々お見掛けしました。
早い楽屋入りは、楽しんで舞台をおつとめになられていたのでしょうか、それとも何か他の理由があったのでしょうか。
ある日の終演直後1階客席から、お2人残られたお客様がいらっしゃるがどうしましょうか、と連絡が入ったので、私は客席に向かいました。
お2人は若いカップルで、舞台前の最前列で舞台をご覧になっていました。
この舞台は「緞帳」がなく、開演前も終演後も舞台装置が見えるようになっている公演でした。
お2人に「いかがなさいましたか」と話しかけました。
女性が「あまりに素晴らしくて……」と。
ほんのりピンク色が残る頬が、それを物語っていました。
お母さんが素敵でした、とお2人。「加藤治子さん」はご存じなかったようでした。
私は「ジブリ作品 魔女の宅急便 の老婦人役 ならご存じではないですか?」と。
魔女のキキに宅急便を頼む、キレイなおばあちゃんの声の人だと申し上げると、お2人とも、パッと目が輝いて、そうか~、あの声の人だ、と頷いて。
お若い方がこの公演の楽しさ、おもしろさを実感してくださり、もっと観ていたい、この場を去りがたい、というお気持ちを持っていただいたこと、こんな嬉しいことはありません。
再演は2004年3月でした。
再演の時だったと思いますが、外国人と結婚されている「琴子・アンデション」役の女優さんの巻きスカートが、スルリと 外れた?落ちた? ことがありました。
琴子さん役はとっさにスカートを押さえて、ご本人も舞台上の役者さんたちも、そしてお客様もびっくり。なんでスカートが落ちたのか、ボタンが飛んだのか鍵ホックが外れたのか、衣裳さんもさぞかし驚いたでしょう。
こういった予期せぬ出来事は、そうそうはありませんが、そうは言ってもこうやって起こってしまいますので油断できません。
ここで求められることは、役者さんはその役でこのことに応じなければなりません。
それでこそ、このお芝居が成立しますから。
これが演出なのかアクシデントなのか、お客様は「アクシデント」と気付かれ、温かい笑いの渦が。
ライブならではの「楽しみ」と言っていいのではないでしょうか。

こんにちは、母さん
プログラム(初演)