劇場案内係在籍中、叱られることはたくさんありました。
ご意見をいただくことは、どんなことであれありがたいと思っております。
意見することは、どなたにとってもエネルギーを使うことですし、面倒な事であるかもしれません。ですから、大抵の方は「もう、あの劇場には行かなきゃいいんだ」とお考えになると思います。
それを押してアクションを起こしてくださるのですから、とてもありがたいことですよね。
Bunkamura時代、清水嘉弘館長が「お客様からのご意見はよく伺って、親身になって対応し解決することが大切 そうすればそのお客様は必ず私たちのファンになってくださる」と言われておりました。その通りと思います。
思いもよらぬところから 叱られたり、褒められたり することもございました。
シアターコクーン時代、第三舞台さんの「ビー・ヒア・ナウ」1990年 をご一緒しました。
楽しい公演でした。
鴻上尚史さんとも初めてご一緒させていただきました。
鴻上さんは、公演の開場時間中、度々劇場のロビーに出てこられました。
ロビーで鴻上さんのご著書も販売されており、それを購入されたお客様が鴻上さんに「本にサインをください」といわれると、鴻上さんは「内緒だよ」とにっこり笑ってサインをして差し上げられておりました。その時に「サインペン(マジックですね)、貸してね」とインフォメーションのペンを使われており、そのうち私は気を利かせて鴻上さんがお使いになる「マジック」を専用で1本、用意するようになりました。
しかし、しかし、です。
今思うと「内緒だよ」とサインされているのに、そのペンが最初から用意されていては「内緒」でもなんでもないことになってしまう。
鴻上さんごめんなさい、結局気が利かない対応でした(苦笑)。
「ビー・ヒア・ナウ」はと申しますと、山下裕子さんの「私のリボルバーが、歌うわよ」と、筒井真理子さんの「ボヤッキー(ということは筒井さんはドロンジョ役でいらしたということか)」というセリフが私はとても好きでした。
さて、それから13年後の新国立劇場「ピルグリム」で、またご一緒できました。
鴻上さんは私のことをちゃんと覚えていてくださり、ビックリでした。
鴻上さんはなんと、新国立劇場の遅れ客案内について意見をしてくださいました。
案内係の暗い中での案内の仕方、ペンライトの使い方について、ご自身で案内係の所作を真似て、ご指摘くださったのです。
このようなことは、私の長い長い勤務経験の中でもありませんでした。
もう、ありがたくてありがたくて。
まあ、叱られたわけですが、こうやって劇場案内係を客席でご覧になっていた演出家が気にかけてくださるなんて、本当に驚きでした。
鴻上さん、ありがとうございました。
シアターコクーン時代、辻 仁成さんに褒めていただいたことがあります。
褒めていただくことは数少ないので、嬉しかったですね。
辻さんのコンサートで、劇場をお貸ししての公演でした。
たまたま案内係の新人研修をしており、主催者さんに許可をもらってリハーサル中の客席に入らせていただき、遅れ客の案内研修をしていたと思います。遅れ客対応は一番気を遣う、大事な研修です。
ルールを守って開演前に着席してくださっているお客様にも、舞台上のアーティストさんにも、そして遅れて来場されたお客様にも、ご納得いただく案内をすることが望ましいわけです。
まずひとつ目の、先に着席していただいているお客様への気遣い。
なによりご案内するタイミングを選ぶこと。必ずペンライトの光で案内係が先導するわけですから、観劇をなるべく妨げないシーンを選んでご案内に踏み切ります。
次にペンライトの使い方、着席のお客様の目に入らないような角度を守ること。それからお客様を通路から中程の自席に送り込む時、真っ暗な中、前の列との段差におみ足をとられないように、案内係は足元を照らし続けるわけですが、その時に一番近い席、つまりは通路側に着席されている方の目に光が入らないように、空いているほうの手でペンライトを覆ってカバーすることを忘れないこと。
ふたつ目。舞台上のアーティストの方々にとって、遅れ客のご案内がどれほど集中力を削がれるか。それを最小限に食い止めるには、事前打合せで確認したご案内可能なタイミング、シーンを守ること。それから舞台近くで起こった、お席のダブりや写真撮影などのトラブルの対応を極力目立たぬように、短い時間でスムーズに行うこと、など。
最後は、遅れてこられたお客様への応対。確かに開演に遅れてくるのはルール違反には違いないが、誰しも遅れたくて遅れる方はいらっしゃらないのだから、お席の場所や靴音防止のことなど、事前にロビーでお話できることはお願いし、丁寧に親切に対応するように心がけること。
これらをサブチーフが指導しながら、実践さながらに研修していたと思います。
さて、その日のコンサート本番中の出来事です。
裏方さんからも客席係からも、開演中「舞台上で辻さんが、案内係の話をされている」と連絡がありました。
それはこんな内容でした。
辻さんは、昼間のリハーサル中に私どもの遅れ客研修を見るとはなしにご覧になっていたようです。
辻さんは、遅れ客を開演中にお席にご案内することについて正直、好意的にはとらえていなかった、とおっしゃっています。これはどのアーティストさんも口には出されないですが、同じ思いではないでしょうか。
やはり集中してコンサートに臨んでいる中、遅れ客をご案内する行為はそれを削ぐものであろうことは容易に想像がつきます。
そんな中、案内係の研修を見ていて「考え方が変わった」とおっしゃいました。
こんなに気を使って、案内係が遅れていらしたお客様をご案内してくれていたなんて思っていなかった。
また、このシアターコクーンでコンサートを開催したいので、ファンのみんな、帰る時に劇場の案内係さんに「辻をよろしく」とお願いして帰って欲しい、こんな内容だったと思います。
コンサートが終わってお客様をお見送りする時、「辻さんをよろしくお願いします」とみなさま、案内係にお声掛けしてくださいました。
こんな経験、後にも先にもこの時一度切りです。
こんないいことも、あるんですよ (^_-)-☆

ビー・ヒア・ナウ プログラム