母の青春 ~「若大将」シリーズ~

本が完成した時、母には郵送しました。
老人施設におりますので、読んだかな、と思う頃に電話をいたしました。
どうだった? と感想を尋ねると「あなたは結婚もせずに仕事したんだから、この本も書けたんだよね」とご機嫌ナナメ。
すぐに話題を変えました。
そんな母との思い出話をひとつ。

小学校低学年の頃の夏休みでした。

私は弟やご近所の子供たち数人と、街に「映画」を見に行くことになり、子供たちの保護者でうちの母がついて来てくれることになりました。

お目当ては東宝の2本立てだったかな(ひょっとしたら3本立てだったかも)、ゴジラやキングギドラなどが出てくる怪獣映画でした。
夏休みに入る前に映画の割引券を学校でもらって、それで子供たちがせがんで映画館に繰り出したようなわけです。

同時上映が加山雄三さんの「若大将」シリーズ、調べたら「ハワイの若大将」(ひょっとすると”海の若大将”だったかも)。
加山雄三さんは老舗のすき焼き屋さんの息子で大学生。スポーツ万能の明るいキャラクター、お育ちのよいお坊ちゃんで、まぁカッコいいこと。
車は乗り回すわ、楽器は出来るわ、ヨットも操って、都会の裕福な大学生って桁が違うなあ、って思えるような素敵な大学生です。「若大将」シリーズは大人気でした。

有島一郎さんのお父上、おばあちゃんが飯田蝶子さん。
マトンに押されてすき焼き屋も大変だとか、その時に飯田さんのおばあちゃんが「え、マント?」と言って加山さんに「おばあちゃん、マントじゃなくてマトン、 羊の肉だよ」と言われているシーンや、大学の合宿でだったか、その合宿の食事に犬用の缶詰を入れちゃったとか、そんなエピソードを記憶していますが、もう半世紀以上前の映画、合ってるかしら?!(笑)
さて、怪獣映画と抱き合わせの青春娯楽映画は、子供にとってやはりトーンダウン。ところが、その若大将を無我夢中で見ているのが、なんとうちの母でした。

母はその頃は28~29歳か、この「若大将シリーズ」が母にとっていかに面白かったか、脇で見ていた私は、あまりの母の反応のよさにもう、びっくり仰天。
母は、何度ももんどりうって笑っていました。
もうもう夢中で、子供たちのことなんかそっちのけ、脇目もふらずに見入っており、子供たちが「喉が渇いたよ~」だの、「オシッコ」だのって訴えても耳に入っていないような熱中ぶり。今思えば母にとってこの映画は「青春」だったろうな、と思います。
会社員の父は日中仕事に出ており、子供2人を抱え義父母と一緒の生活は大変だったに違いありません。
そんな中、母にしてみたらば思いもよらない映画娯楽に浸れて、心の底から楽しめた時間だったでありましょう。後にも先にも映画鑑賞でこんな母を見たのは、初めてでありました。